#23画録

愛知県 旅の記録

知る人ぞ知る!ハスの名所で花を見る

うわっ…愛知の夏、暑すぎ…?
 

《目次》

 

星名池 - 大府市

やってきました大府市(おおぶし)。
名古屋のお隣の市です。

星名池(ほしないけ):

大府市北部に位置するため池で、
ハスの名所として人気のあるスポット。
 

ハスの花

朝9時半ごろに到着。
ちょうど花がいい感じに開いていました。

こちらのスポットは何といっても
「水上遊歩道」が池に架かっているのが良い。

ハスって基本でかいですが、
水上遊歩道のおかげで少し高い所から眺めたり写真を撮ったりできます。
 

花の手入れも行き届いていて非常に綺麗なスポット。
つぼみも多く見られたので、まだまだ見頃が続きそうです。
 

星名池には、大府駅(JR)並びに共和駅(JR)・前後駅(名鉄)から、
大府市の循環バス「ふれあいバス」にて行くことができます。

「大府みどり公園(東コース、北コース)」下車

星名池の「蓮(ハス)」の様子(2022.7.8現在) « 大府市観光協会

無料駐車場もありますよ。
 

本日のマンホール

星名池 駐車場付近にて。

大府の市の花「クチナシ」が描かれている。
 

《自分用のメモ》

*1 *2 2020年9月1日(市制50周年) 追加指定

 

あっさり回になっちゃいましたね。
まあこういうゆるめの回も挟みつつやっていきたいです。

次回の更新をお楽しみに。

【時系列バラバラで】王子とバラ~春日井編~【すみません】

愛知・春日井市といえば王子製紙ですよね。
5月中旬、王子製紙の敷地内にバラ園があると聞き行ってきました。
 

《目次》

 

王子バラ園

概要

王子バラ園 王子製紙(株)春日井工場

開園:1995年12月

当時の工場長 西田行雄氏が、
「地域の方々、従業員やその家族に、
敷地内に咲くバラを一服の清涼剤にしてほしい」と
この地にバラを植えたのが始まり。

〔参考:敷地内の看板〕
 

入園無料で駐車場も完備。
JR春日井駅からも徒歩で行けました。
 

バラを見よう

ワッサ~~

無料とは思えない多種多様さ

バラ+煙突がこの地ならでは

煙突と一緒に撮りたくなる

レトロな建物と

今年はGWぐらいが一番の花の盛りだったよう。
それでも十分楽しめました。

コロナ禍前はもっと規模が大きかったそうですが、
無料でこんなに楽しめるなんてすごすぎます。

秋のバラの時期にもぜひ見に来たい。
 

バラ園の詳細はこちら:
王子バラ園(愛知県春日井市)– バラ百科
 

〈おまけ〉春日井駅春日井駅

JRの“春日井駅” と 名鉄の“春日井駅”は別の場所にあります。

たまたま名前が一緒になっちゃった別の駅って感じなんだと思います。

春日井駅(JR)

春日井駅(名鉄)

春日井駅から春日井駅まで徒歩1時間以上。

  • 春日井駅(JR):
    1946年「鳥居松(とりいまつ)駅」から「春日井駅」へ改称。
    ポイント✩市役所にも近いので市の名前を冠している
  • 春日井駅(名鉄):
    1931年開業。1906年まで“春日井村”だった地区にある。
    ポイント✩JRの駅よりも先に「春日井駅」を名乗っている

 

春日井駅(JR)付近を歩いてみよう

北にちょっと歩くと、でかい弘法大師像が立っている。

桃太郎神社(犬山市)の像たちを造られた浅野祥雲氏の作品。
確かにオーラが似てる。
 

勝川駅周辺にもでかい弘法大師像があるんですが、
春日井駅近くの像はそちらに対抗して建てた説も。
 

《まとめ》

春日井って
新しいものから古めかしいものまで
色んなものがある。

 

次回の更新をお楽しみに。

バラざんまい2022~初夏の奥殿陣屋編~

6月2日はローズの日。

6と2で「ローズ」と読むことができるのと、
ちょうどバラの見頃の時期だからだそう。

そのローズの日にバラを見に行ってきました。
 

《目次》

 

奥殿陣屋

「奥殿(おくとの・現岡崎市奥殿町)」に陣屋を置いていた
1万6000石の親藩「奥殿藩」の歴史と文化が学べるスポットです。


 

陣屋って何?

江戸時代、幕府の「一国一城令」とともに築城が御法度に。

それまで城を造っていなかった小藩はやむをえず
藩主の屋敷に塀をめぐらしたり、堀を作って格好をつけた

→これが陣屋!
 

江戸時代の全大名のうち、城持ち大名と陣屋の大名はちょうど半々ぐらい。
(なお、陣屋はほとんど2万石以下の大名だった)

なお、幕府の直轄地で代官の住居役所のあった所も、
同じ呼び名で「陣屋」。

高山市にある観光スポット「高山陣屋」はこっちのパターン。

〔参考:奥殿陣屋 資料展示室〕
 

花ぞの苑

こちらの奥殿陣屋には、岡崎市唯一のバラ園があります。
さっそく見に行ってみましょう。

岡崎市の親善都市で、ばらのまち広島県福山市から
寄贈されたものを植えた事から始まったバラ園。

「ふくやま」や「ひろしま」と名の付く品種が
奥殿陣屋には数多く植わっています。
 

↓ こちらは「ビューティフルふくやま」

岡崎市福山市の交流が垣間見れてほっこりしますね。
広島にも遊びに行きたいな~。

バラまつり|奥殿陣屋 - 岡崎市観光協会公式サイト
 

奥殿陣屋のグルメ

金鳳亭

奥殿陣屋ではおいしいランチも食べられます。

うなぎなのに中を撮り忘れました

古図をもとに江戸初期の風格を生かし、復元されたお食事処。
四季折々の景色や蓬萊の庭を一望しながらのお食事は格別。

四季ごとにメニューが変わるので、
どの季節に行っても楽しめるところがすごい。

景色も最高だしご飯もおいしい。

清水の舞台みたいな金鳳亭

金鳳亭|奥殿陣屋 - 岡崎市観光協会公式サイト
 

書院

日本庭園を眺めながら食べる抹茶パフェ。
「書院」で食べられます。

この建物、実はくつろぎスポット。

書院|奥殿陣屋 - 岡崎市観光協会公式サイト

 

綺麗な花、美味しいグルメ、歴史香る建物たち…
奥殿陣屋たのしすぎますね。

初夏以外の季節にもまたぜひ遊びに行きたいです。

 

本日のマンホール

奥殿陣屋の敷地内にて。

岡崎に伝わる民謡「岡崎五万石」

岡崎城は、徳川家康公が生まれた場所。
江戸時代のころは特別な場所として扱われていました。

歌詞のなかに「五万石でも岡崎様はお城下まで舟が着く~」と謡われており、
お城から歩いてわずか数分のところに船をつけられる場所があるということは、
城下町の人たちの自慢でもありました。

岡崎市観光協会公式サイトより〕

絵柄だけでこの内容が伝わってきて良い。
岡崎のマンホールって多彩ですねえ。

 

実は他にもバラのスポットに行ったので頑張ってまとめたいです。

次回の更新をお楽しみに。

【映え】バズりまくりの御裳神社 2022早朝の巻

大好きなあじさいスポットをご紹介します。
近年とても有名なので、ご存じな方も多いかもしれません。

それではどうぞ。

 

《目次》

 

御裳神社 - 一宮市

手水舎の水にあじさいの花を浮かべた風景が有名になり、
「映えスポット」として大人気の神社。

それが愛知・一宮市の御裳神社(みもじんじゃ)です。
 

御由緒

当社は、古来当地方の重要産業たる織物業・染色業の守護神として
衆庶の崇敬は年と共に増進を見るに至り、
明治維新後、社名を御裳神社と定められる

古くより繊維産業で栄えてきた西尾張の地域性を色濃く映した神社ですね。
さすが繊維の街・一宮です。

境内にたくさんのあじさいが咲いていて幸せな気分になれます。
さっそく手水舎に行ってみましょう。
 

花手水

休日は、写真の順番待ちで長蛇の列が出来るスポット。

今回は平日早朝にやってきました。
 

朝日で輝いています


 

境内とアジサイ

2020年に撮った写真もお気に入りなのでこの機に載せます。
雨の日も風情があり素敵な神社です。

御裳神社のあじさいの良さが伝えられたら嬉しいです。

しかし、これ以上人気が出ちゃうのはちょっと困るかもしれませんね。
大人気スポットも、すいている時を狙って楽しんでいきたいです。
 

御裳神社 詳細:

尾西あじさいまつり | 【公式】愛知県の観光サイトAichi Now
 

本日のマンホール

尾西市のマンホールです。
↑こちらは通常よりちっちゃいサイズのもの。
通常版と柄が少し違います。
 

↑こちらは旧尾西市一宮市のマンホールが並んでいるスポット。
御裳神社のすぐ近くです。

 

読んでくださりありがとうございました。

次回の更新をお楽しみに。

《雰囲気抜群》幸田・本光寺のアジサイを撮る

梅雨入りしましたね!
あじさいの写真をどうぞ。
 

《目次》

 

瑞雲山 本光寺

島原藩主 深溝松平(ふこうずまつだいら)家の菩提寺で、
三河あじさい寺」としても知られる本光寺に行ってきたよ。

愛知・額田郡幸田町(こうたちょう)にあります。
岡崎市のとなりまち。
 

こういう参道が有名です。(こちらのみ2016年撮影)
参道は人が多いので写真を撮るのが至難の業。

「深溝松平家」について

  • 徳川氏を支えた"十四松平"の一つ。
  • 1520年代から、この地「深溝(ふこうず)」に確固たる地位を築き、
    松平本家(徳川氏)に従って戦功をあげて栄え
    九州・島原七万石の大名となり、明治維新を迎えた。
  • 深溝松平家の九州島原城での役目は、
    長崎港監視と、九州諸大名の監視(九州探題という)であった。

〔境内の看板より引用〕

東廟所

こちらの門の先には「東廟所」があります。

参拝料100円ですが、人が若干少なめで
あじさいの写真も撮りやすい。

行ってみましょう。

石段を昇っていきます

五代 忠利が三河吉田藩主となって以降、
深溝の地は深溝松平家の領地ではなくなったが、
当主(藩主)が江戸や領地で死去しても、
必ず遺骸を深溝の地に運び埋葬を行うという
全国的にも珍しい埋葬儀礼を行い続けた。

こちらの「東廟所」には
深溝松平家 六代以降の当主の墓があります。

「西廟所」も史跡内にありますが、
そちらは現在工事中で見学不可でした。

再び公開される日を楽しみに待ちましょう。

境内の花

訪れた12日時点では咲き始めの花も多かったので、
まだしばらくは見頃が続きそうです。
 

車が渋滞するほど人気のあじさいスポットですが、
JR三ケ根駅から徒歩でも行けますよ。


 

本日のマンホール

 

愛知・幸田町のマンホールです。
町の花「つばき」の柄。

本光寺はつばきの名所でもあります。
見頃は2月頃だそうですよ。

 

梅雨も、綺麗な花を眺めて乗り切りましょう。
次回の更新をお楽しみに。

【モフモフと尾張冨士】マイナーな犬山を攻める

犬山って観光名所が多めの市ですよね。

しかし、GWは密を避けたかったので
あえてちょっとマイナーめの犬山に行ってみました。
 

《目次》

 

ヒトツバタゴ自生地

やってきました犬山市

この木、白くてモフモフです。しかもかなりでかい。
「ヒトツバタゴ」といいます。

ヒトツバタゴとは?

  • 名の由来:「一つの葉のタゴ」という意味。
    木の形状が タゴ(トネリコ)の木に似ている。
    タゴの葉は「複葉」で、この木の葉は「単葉」という分類。
  • 別名:「ナンジャモンジャ」
    本当の名前が分からなくてこう呼ばれるようになったという説がある。

白い花が5月に咲き、満開になると
木全体に雪が降り積もったようになります。

何がそんなに珍しいの?

ヒトツバタゴは、名古屋などの市街地にも
街路樹としてたくさん植わっています。

しかし、ここ犬山の自生ヒトツバタゴは国の天然記念物です。
何故でしょうか。

近年、街路樹や庭木として植栽されていますが、自生木は極めて少なく
環境省レッドリストで絶滅危惧Ⅱ類に指定されています。

国内で《自生地》かつ《国の天然記念物》の場所は

愛知県犬山市
岐阜県中津川市恵那市瑞浪市土岐市
長崎県対馬市

のみで、かなりレア。
しかも東海地方と対馬はかなり離れているのに不思議です。

どうやら、街路樹でよく見かけるわりに謎多き木のよう。

さらにレアな光景が!

1本のヒトツバタゴの木が衰えていますが、
その母樹の代わりに幼い木々が順調に育っています。

ヒトツバタゴ自生地での世代交代は大変めずらしい現象

かわいい幼木たちの成長を、
人間は遠くから見守っていきましょう。

「ヒトツバタゴ自生地」詳細:
天然記念物 ヒトツバタゴ自生地|犬山市

 

尾張冨士に登ってみよう

尾張冨士大宮浅間神社

お次は、犬山市にある「尾張冨士」に登ってみようとやってきました。

石を持って登る!?

こちらの神社では「石を尾張冨士の山頂に奉納する」という習わしがあります。
これを「献石」と呼びます。

昔、村人の夢枕に木花開耶姫命があらわれ
尾張冨士のお山が隣りの本宮山より背が低いことを嘆かれた

そこで村人らが山へ石を上げ、山を高くしようとしたのが
献石の始まりと伝えられています。

8月初旬に「石上げ祭」という奇祭も行われます。

献石をしてみよう

こちらの玉石に、願いを書いて
山頂へ運ぶ事で「献石」ができます。

こちらの玉石たち、結構大きめ&重め。ご利益ありそう。

いざ登山

かなり登山道がゴツゴツ。
実は舗装された道もあり、そちらだとかなり安全に登れる。
 

さっそく「献石」を発見。
石と言うより もはや岩。
 

どっちに進んだらいいのか ちょいちょい分からなくなる。
 

もう少し!

尾張冨士頂上

着きました!

遠くに名駅のビル群が見える

大宮浅間神社 奥宮

献石完了!

この地ならではの習わし「献石」が、
現代まで脈々と受け継がれてきたのが興味深いです。

ご利益がありますように。

おつかれさまでした!

金魚あり遺跡あり藤あり…弥富市を散歩する

"隠れた藤の名所"があると聞き、
愛知県弥富市を散策しました!

 

《目次》

 

近鉄弥富駅

近鉄名古屋駅から、急行に乗り約15分。
今回の散歩はここから行ってみましょう。

弥富市役所

令和2年5月7日~こちらの新庁舎で業務が開始されたそう。
新しくて綺麗ですね。

市役所に金魚ちゃんがいます。
さすが金魚のまち。

巴塚の松

「巴塚の松」とは?

富山県南砺市 巴塚公園にある、樹齢750年余の黒松。
公園は巴御前最期の地と伝えられる場所。
巴御前の死後、侍女がしのんで植えたなど諸説ある。

その子孫の松を、富山県南砺市より両市の交流の証として、
弥富市が譲り受けたものがこちら。

市役所新庁舎オープンのすぐ数日後に植樹されました。
奥の建物が市役所。

参考:巴塚の松植樹式|弥富市公式HP

ふたつやの渡

かつてこの場所が木曽川の渡し場であったことを記念した碑。

江戸時代の終わり~昭和の初めにかけて、
ここ「前ケ須(まえがす)湊」から桑名まで1里の渡し船が出ていました。

その頃より交通の要衝として発展してきたそうです。

その昔、海西郡(かいさいぐん)という郡があったのですが、
その郡役所があったのもこの周辺。

現在も「前ケ須町(まえがすちょう)」には
弥富市役所があり、
海南病院(海部地区を代表するビッグな病院)があり…
なかなかに重要な場所と言えますね。

水郷の塔

筏川(いかだがわ)沿いにて

遠くに何か塔らしきものが見えます。
行ってみましょう。

水郷の塔は吹き上げる水をイメージした形をしていて、
手すりの部分には金魚と文鳥がデザインされています。
展望台からは360度の景色が見渡せます。

うひょ~~~~~~ ※とても風が強かった

川の向こう側は三重県

近くには広大な木曽川鈴鹿山脈や養老山地、
天気が良ければ御嶽山南アルプスまでもが見られます。

なお、塔の南側には伊勢湾台風の災害復旧竣功記念碑が建てられています。

〔広報やとみ 2021(令和3)年 8月号より〕

立田輪中人造堰樋門

「史蹟 立田輪中人造堰樋門」

歩いていたら突然現れました。

「立田輪中人造堰樋門(たつた わじゅう じんぞう せきひもん)」という。

この地域は、川・池・沼に囲まれた水郷地帯で、
明治時代においては特に用排水に苦慮した地域でした。

そこで、用排水管理の目的で立田輪中悪水普通水利組合が、
明治三十年代から四十年代に完成させたものです。

立田輪中より弥富町(現 弥富市)が権利を継承し、
水利史の遺跡として輪中公園のなかに保存されています。

立田輪中人造堰樋門:農林水産省

裏側

現在は機能を持たない文化財ですが、
趣のある造りで一見の価値あり。

案内の看板は特になく、秘密のスポット感がある。

藤を目指す

どんどん歩いていきましょう。
遠くに、三重県桑名郡木曽岬町(きそさきちょう)の「鍋田川堤桜並木」が見える。

 

ふとした所にある海抜ゼロメートルの表示。

森津(もりづ)の藤を見よう

着きました!
 

藤は、こちらの立派な門から中に入るとあります。
一風変わっていますね。
 

今年もコロナの影響で藤まつりは中止。
そのためか人が少なく、まさに穴場といった藤です。

背景の新緑も美しい。

 

尾張名所図会 前編 7巻「森津の藤架(ふぢだな)」

森津新田開拓者 武田邸跡

この森津の藤公園一帯は、森津新田を開拓し代々庄屋を務めた武田家の屋敷跡です。

森津の藤は、新田開発当初に武田家が屋敷内に植えたと伝えられる藤で、
江戸時代から広く知られ『尾張名所図会』にも紹介されています。

昭和61年に旧弥富町が敷地の東側約2000㎡の寄付を受け、
平成6年に公園整備を行いました。

その後、平成30年には、竹林を含む西側部分も弥富市が武田家から譲り受け、
全体が森津の藤公園として整備されることになりました。

(略)

 

公園一帯が庄屋さんのお屋敷跡のため、
入り口も年代を感じさせる立派な門なんですね。

江戸時代の「尾張名所図会」にも載っている、由緒ある藤です。
来年以降も見に来たいと思いました。

おつかれさまでした!

おみやげ

御菓子司 松月堂さんの
「錦魚もなか」と「スイートポテト」を買いました。

それぞれ金魚の形をしています。

スイートポテトは甘さがほどよい感じで、
もなかは皮の香ばしい風味がたまらない一品。

弥富は、金魚モチーフのスイーツを置くお店が
松月堂さんを始めいくつかあるので要チェックです。

本日のマンホール

 

愛知県弥富市のマンホールです。
市役所入口にもマンホールの見本展示があります。

「弥富型」と書いてあるのは、弥富市には
"旧・十四山村(じゅうしやまむら)"のエリアがあり、
そちらには別デザインのマンホールが設置されているためです。

機会があればそちらも紹介します。
 

最後まで読んでくださった方、ありがとうございました。

次回の更新をお楽しみに。